『世界が終わるその前に』

人生1度きりだからこそ、自分の思うままに自分のやりたいことをやる。そのための物語の足跡。後悔をしたくはないけれど、後悔は人を成長させてくれるものだから。後悔をするにしても後悔した経験を伝える、後悔を一緒に乗り越えれるそんな人に僕はなりたいから足跡を残す

「きく」ということについて

みなさんちゃお〜

 

今年に入ってもう半年が経過しているんですよね

最近縁があってご縁を紡ぐ大学に参加しているヒイロです

 

だいぶ間が空きましたが、久しぶりに書きたいなと思ったので!

色々書きたいなと思いながら、ながらで最近終わっていましたが、自分の学びだったり、いいなって思ったことを伝えるためにも

 今回はだいぶん文章量が多いです!

 

タイトルに書いたんですが、

今回は「きく」ということについての学びです

 

2019.7.7 七夕の日にちょうど

楽しみにしていたご縁紡ぎ大学の第2講義が北海道の札幌で開催されました

講師に「山下義弘さん」(ビリーさん)をお招きしての学びの場でした

 

ヒイロは「きく」ということについて以前の大事なパートナーからきっかけを頂き自分なりにどうしたらいいのかここ1〜2年本を読んだり、話をきくのが上手だなと思える周りの人から話を聞いたり、考察して見たりしながら自分なりに練習してきました。

そしてご縁紡ぎ大学のOBの方から話を聞いてみたらいいよという山下義弘さん(ビリーさん)の「きく」という話をきいてくることができたので、書いて自分のものにできるようにしていきます

 

 

みなさんは

人の話をちゃんと「きく」ことができますか?

・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・

・・・・・

・・・

・・

ヒイロは残念ながらできていなかったので大切なものを失いました

 

 

ビリーさんは16万7000人の方に4つの質問をして統計をとったみたいです!

ペンと紙を用意してこれから出す質問に答えて見てください〜

①あなたにとって理想的な父や母はどういう感じの人がいいですか?ベスト3をあげてください

②あなたにとって理想的なパートナーはどういう感じの人がいいですか?ベスト3をあげてください

③あなたにとって理想的な(上司・先輩・先生)はどういう感じの人がいいですか?ベスト3をあげてください

④あなたにとって理想的な(営業マン・セールスマン)はどういう感じの人がいいですか?ベスト3をあげてください

 

以上4つの質問をしたみたいです

 

 

みなさん書いて見ましたか?

ビリーさんが統計をとった結果97.65%の方が

「最後まで自分の話をきいてくれる」という回答をしたそうです

 

人の話をきいていてついつい、話の間で自分の意見を話したり、それは違うんじゃないのと否定したりして、人の話を本当に最後まできいたという経験が自信を持ってある方はどれぐらいいるのでしょうか?

ヒイロ自身いつもいつもそんな感じで相手の話をきいているつもりになっていて実際には全く人の話をきけていなかったことがビリーさんの講義を通じてもわかりました

 

 

 

ちょっと前置きとして

ヒイロは「定義」という言葉が好きです。

人は本当にたくさん色々な人がいて、一人一人考えを持っていてるので個々で認識が違ってきます

例をあげるのであれば

あなたにとって「友達」とは何ですか?

<友達>とは

会って名前を知り話した時から友達だという人もいれば、お互いの性格を把握し色々なことを話すことができる人が友達だという人もいるし、定期的にあって話したいと思うことができる人が友達という人もいるし、お互いの名前を知ったらもう友達だという人もいます。本当に千差万別だと思います

そこで言葉について定義をすることで、共通認識となり話をしている最中にお互いの認識の食い違いをなくすことができます

 

 

ではそもそも「きく」とは何でしょうか?

<きく>とは

相手の方の情報やおもい、考えを自分なりに受け止め理解すること

 

講義の中でこういう風に定義されました

ビリーさんが26歳の時に知り合いの教授にお願いして言葉の起源を辿り1週間かかり定義されたとのこと

確かに自分の中にすっーと入ってくる感じがあります。

 

話はここで終わりでなく、「きく」という現象は話をきいているそばから過去形に「きく」よりも大事なことは「きいた」とい現象の方であるとその時言葉の定義を依頼した教授は発見したとのことです

 

では

「きいた」とは何でしょうか?

<きいた>とは

相手の方の情報やおもい、考えを自分なりに受け止め理解し、それを相手の方に確認し承認を得た状態

 

ヒイロは人の話をきいて、きいたあと自分が相手にこの話ってこういうことだったんだねという確認をしていなかったことに気づかされました!

「話をきいている」ということを判断するのは自分ではなく「話し手」

どんなに話を自分はきいていると思っていても相手から話をきいていないと見られてしまうとそれは話をきけていないということに他ならないのです

相手に話の内容を自分なり受け止め理解した上で相手に確認し、それで相手が「そうだね」となった瞬間に話をきいたことになるんです!!

 

 

 

 

人の話をきく上で大切なこと

それは三直(さんちょく)であること

<三直>とは

素直:知らないことやわからないことがあればすぐにきくこと

正直:自分自身に正直であること

実直:言われたらそのままの通りすること

 

人間成長して大人になるにつれ段々と三直ではなくなって来るみたいです。みなさんにも心当たりはないですか?

ビリーさんがいうには大人はもう手遅れとのこと!

確かに質問されてこうではないかと考え質問の答えを講義で回答してみてましたが、同じ問答を4~5回繰り返しました。

ビリーさんの話をきいていたつもりなのに!参加者は誰しもヒイロと同じことを思ったのではないかな?

あれ?

う〜ん?

大人になるにつれ、社会に出て行くに従いこれは知っていないと恥ずかしいとか、今更人に聞けないようなとか、本当はこうしないといけないけどちょっとぐらいいいかとか

心当たりがある人が多いように思います

今からでも三直であるようにしていかないといけませんね!

 

 

 

みなさんに質問〜

人と話すためには、人の話をきくためにはどういう状況・状態でないといけないですか?

わかりますか?

答えは

・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

人と会うこと!

今の時代、携帯電話やインターネットが普及しているのでメールやライン(後から数年後見返したら死語になってるかな?)電話をすることで別に直接会う必要がないと思う方もいる方と思います。

ヒイロはテレビ電話ならありかな?とも思いますが……

メールやラインだと文にするのでニュアンスが伝わりにくかったり

電話だと声のトーンやテンポ、話し方から相手の状況はわかりますが相手の表情が見えないというところで姿勢が伝わらない?

テレビ電話なら相手の様子を見ることもできると思うけれど、お互いの視線が合わないからどうなんだろうと考えます

まずはお互いに会い、顔と顔を合わせてることで自分と合う人なのか知り、またこの人に逢いたいなと思うことができるのがやっぱり人と会って話をすること、話を直接きくこと何じゃないのかなと思います。

 

 

話のきき方

先ほど

「きいた」との部分で

「話をきいている」ということを判断するのは自分ではなく「話し手」と書きましたがでは実際にどういう風に話をきいたら相手に「話をきいている・きいていた」と判断してもらえるのでしょうか?

大切となってくるのが話をきく姿勢「きき方」みたいです!

※言葉にして記載するのは簡単ですが、ニュアンスや表現の仕方で伝わりにくいかもしれません。興味のある方は本当に直接会って話をきくのが一番だと思います

①笑顔

→人と会う前から話をきくことは始まっているみたいです!

笑顔になるためには口角を上げて、眉毛をあげることで笑顔になれるみたいです

自分の笑顔で相手も笑顔にする

みなさんは、機嫌が悪そうな人と話をしたいですか?話をきいてもらいたいですか?

 

②うなずく

→自分が話をしていて相手から何も反応がなかったらみなさんはどう思いますか?

本当に私の話をこの人はきいているのかな?って思いませんか?

こっちが真剣に話をきいていても相手に「きいているよ」という姿勢が伝わらないとダメなんです!

うなずき方はウンウンと首を上下にしながら声に出すこと!

 

③視線を合わせる

→話し手と視線を合わせることで「きいているよ!」とアピールすることに繋がるんですね!

 

④相づち

→あいづちは②のうなずくの「ウンウン」の声を間隔(テンポやリズム)を伸ばして「ウ〜ン」だったり「ウンウンウン」と短くすることで相づちになるみたいですよ

 

⑤メモ

→これは相手の言っていることを記録して記憶に残すことで、相手のことを自分の記憶

に残しやすくする。

個人的にはメモを取ってくていると、自分の話に対して真剣にきいてくれてるんだなと思われるようになったし、メモを取ることで見返し要点をまとめたり、自分の言葉に置き換えることができたり、相手の言ったことで使った言葉や表現で自分の琴線に触れるものがあったら自分に吸収できるのでいいよ〜

※メモをとる際には必ず相手にメモをしていいか許可を取ること!

 

⑥アウトプット

→アウトプットは72時間以内に3人に!

この3人が大事!

1人目は話した相手

2人目は自分

3人目はすでに面識がある人、これから出会う人

<アウトプットのコツとして>

1.固有名詞を使う(※この場合は相手にあらかじめ許可を取っておくこと)

→固有名詞を使うことで印象に残りやすいし、興味のある人は自分で調べることができるし、話し手に回り回って還元することができるみたい

2.自分が感じたことを自分の感じたまま自分の言葉で言うこと

→これは今実際に文章を書いていて思うけど、言葉の重みが違ってくるかな

なんて表現したらいいかな?教訓がいい例かな?先人の言葉としては教訓があると思うけれど、実際に自分でそのような状況になった時になるほどと自分のものになる感覚

借り物の言葉だと相手には響かない

3.話を盛る

→自分の失敗談は特盛りで!相手の褒めることは大盛りで!

それ以外は盛らない

 

 

 

 最後に

「きく」という言葉に色々な種類があることを知っていますか?

どうして今まで「きく」という言葉をひらがなで書いていたのには理由があります

感のいいみなさんなら気付いていましたよね!

 

・訊く

→まずは自分から相手に問いかけるとことから始まります

・聞く

→そしてその内容を聞き

・聴く

→相手に耳を傾けることで

もっと詳しく相手の話を聴きたいなぁとなり

・利く

→人は話を聴く上で自分の利益、実利になることはないかなと言う風にしか話を利けないみたいです

・効く 

 →そこから自分にとって還元されてくるものを効く

 

 

今回のビリーさんの話を聴く前からヒイロ

聞く、聴く、訊くの3つは知っていましたが、順番は知りませんでした

そして繋がっていることも

それぞれが独立してるものと考えていました

でも実際に「きく」の説明を聞いたら種類が多く流れあり、奥が深く、相手の話を聴いてそこから自分なりに受け止め理解すると言う段階に至るまでにはもっと色々な人と出会い話を聴いていく必要があると感じました。そして、色々な人ばかりだけではなく、自分自身の中のことをきくことも必要だなと

 

 

ちゃんと人の話を聴ける人に僕はなりたいのでこれからも精進していかないとな

とても楽しい講義でした

ビリーさんの講義を受けることができてよかったです^^

少しでもみなさん一助になればなと思います

 

「賢者の書」という本を読んでの学び④「目標」

みなさん

ちゃお ヒイロです!

だいぶ間が空いてしまったけれど、このタイミングでいいと思うからこそ書きたいと思います。

3/16(土)赤塚高仁先生の大和人への手紙の講演会
3/17(日)ご縁紡ぎ大学のプレセミナー中村文昭さんの「なんのために〜人生はいつでも変えられる〜
の二つに参加して、他のきっかけで自分の中での気づき、大切にしていかなければならない部分の自分軸が確定したからこそのこのタイミングだと思う

今回は自分が講演会を聞いて体験したことも織り交ぜながら書いて、誰がの一助になればと自分自身の宣言のため書こうと思う。

 

 

前回に引き続いて

喜多川 泰先生の賢者の書を読んでの学びを書こうと思う

 

④「目標」について

今の日本で将来の目標は?と聞かれる場合は少ないかもしれないが、将来の夢は?と聞かれるのは子供のころ意外と多いのではないかと思う。

目標と夢は将来を見据えているとう部分で似ているのではないか?

 

 

目標をどのように決めているか

目標を決める場合、なるべく実現可能なものや自分の手が届きそうなものにする人もいれば、他の人から見て絶対無理なんじゃないかと思えるようなものを目標とする人もいる

夢も同じように決めるのではないかな?

でもこの場合は「夢」というものは「自分がなりたいもの」

つまり職業を解と答える人が圧倒的に多いのではないだろうか?

各言う自分自身もそうだったのだから

なりたいものになれたらそれで幸せになれるのかと言うとそう言うわけでもない

 

大事となる部分は「何になりたいのか」ではなく、「どう(いう人間に)なりたいのか」ということである。

 

どうなりたいかということについて

ヒイロなりに考えている期間を設けていて、自分自身と向き合うという部分も含めて自己分析をする上でもよく、周りにある情報を見落とさないように、アンテナを張るためにもいい本(メモの魔力という本)を知り合いから紹介され、読み進めていきながら自己分析中なのではあるけれど、

今までできていなかった部分も含めて、

ヒイロ自身がどうなりたいか

 

・人は自分が経験していないこと、したことがないことに対して、他の人がやろうとすると「やめときな」「無理だよ」「できないよ」という言葉を圧倒的多数の人が口にするのに身に覚えはないだろうか?

ヒイロ自身も、今まで応援したいと思っていても、つい自分に対しても相手に対してもダメじゃないっ否定していた。そしてついそれを言ってしまったことを、言葉にしてしまったことを後悔していて、すごく治したかった。否定せずに経験したことのある人に聴けるように尽力を尽くすこと

応援というものは言葉だけでするものでは決してなく、自分自身の行動、態度で示していかないといけないものだと思うから

・人の話をちゃんと聴くことができていないことに対しても聴けるようになりたかった

 人の話をしっかりと聴けることで相手との距離がすごく近くなっていくから。相手を理解するためにはしっかりと相手の話を聴いていくことが必要だから

・「幸せ」とはなんなのか?ということについても

 物事が当たり前になっていってしまっていたからこそ、当たり前ではなく当たり前にならないように「ありがとう」ということを本当に心を込めて思う必要があること

・お金には「入口」と「出口」があり、どういう出口にしていくか(なんのために使うのか)をしっかりと考えること

・できない理由を探すよりも、できるようにするにはどうしたらいいかを考え続けて行動にしていくこと

 

今あげたことが、今回参加した講演会と今まで読んできた本からの学びと、実際に自分が経験してできていなかったために後悔をしてしまったという事実が綺麗に結びついたから

ヒイロ

相手の話をしっかりと聴いて否定的にならずに、どういうふうにしたらできるのかということを考え、行動態度で示していき、そのために自分の持てるものを投資していける胸を張って最後を迎えれる人に僕はなりたいと思う。

なりたいではなく「なる」なんだなぁ!

 

アクションを起こすということにおいて、ヒイロヒイロ自身を信頼することができるからこそ、今回の機会を自分の新たな軸、信念として刻んでいきたい

 

どういう人になりたいかということについて向き合う事って本当に大事なことだということについて考えたことがまだないという人がいたら、向き合ってみることをオススメ

 

追記

これだけ読んでもどこが講演会の中身?なのとか読み返していてあるので

3/16赤塚高仁先生の講演会での学びは、「ありがとう」の反対は「当たり前」であるという話を聞いて、知らず知らずのうちに物事に慣れていきやってくれて当たり前になっていたことが、自分の経験も通してあってそのことで相手へ感謝が足りなく、また

相手を尊重するということをしなくなってしまっていたことに気づいたこと

人は旅人であるということ。体は魂の器として旅をしており、今回の旅で何を学んでくるのかを自分自身が決めており、氏名は自分が実は決めていて、氏名はそのまま使命、自分にしかできないものをするために旅をしているということ

日本の建国からの歴史と理念をしっかりと知ること。神武天皇が日本を建国時した時の理念は八鉱一有といい「誰もが平等で差別のない国」という意味ということをしりその心をしっかり知っていく必要があること

3/17中村文昭さんの講演会の学びでは、「ありがとう」ということの意味をしっかり考えてくこと。人は満たされることで相手へ感謝するから。ありがとうを言ってもらうためには?どうしたらいいか、ありがとうを伝える場合には自分はどう心を込めるかということ。そのことで幸せとは?ということを考えるきっかけにもなったこと

否定しないこと。否定は相手の可能性を摘んでしまうことに繋がるから。そしてやったことのない人に聴くのではなくで、一度でもやたったことのある人に聞く方が、やりたいことの可能性が広がること。これは植松努さんの空想教室の本にも書かれていて、「でも」じゃなくて「だったらこうしてみたら」、そして今回の公演で「でも」じゃなくて「こそ」と全く同じことを伝えていること

とことん話を聴いてあげること、なんのためにするのかを考えて行動すること

 

喜多川泰さんの本を読んでいても同じように本当にとても大切なことが書かれていて繋がる部分があるからこそ、少しでも興味を持ってもらえたなら、ぜひ話を聞きに言ったり、本を読んでみたらいいと思う

 

 

 

 

「ソバニイルヨ」を読んで

みなさん

ちゃお〜

 

最近という訳でもないけれど人との別れがあり、そのことについてこれから紹介する本を読んで、すとんとようやく自分の中で落ちて、これも自分にとって必要なことだったと思えるようになっているヒイロです。

今月の20日(土)に千歳で最近僕にとても影響を与えてくれている喜多川泰先生の講演会があるのですごく!すごく!!楽しみです

 

すとんと自分の中に入るきっかけになった

喜多川 泰先生の

「ソバニイルヨ」

 

ソバニイルヨ

ソバニイルヨ

 

 

中学生1年の主人公隼人。周りからどう思われるかを気にしていて「変人」と言われるのが嫌で「普通」にこだわり生活を過ごしていて、そんなある日家に帰るとへんてこりんなロボットがいる。

ロボットの名前は「UG」(ユージ)

ユージには役割があって隼人に「アイを伝えるために、生まれてきた」と

隼人は周りから「変人」と思われるのが本当に嫌で、最初はへんてこりんなロボットだから嫌悪し家から出ないようにと命令したりしている。学校で同級生の女の子の「ただのお調子者で、嫌なことからとことん逃げるばかりの人と思っていたから」言葉や同級生からの嫌がらせを気に少しずつユージに今日学校であったことを話すようになって、少しずつ隼人の価値観が変わり、起きることを人の性にせず、自分と向き合っていく成長の物語。

ようやくユージと打ち解けてきて仲良くなってきたところで、ユージから「電池が切れたらサヨウナラ」とサヨウナラが近いことを告げられ

どうにかしたいけれどどうにもできない事実があることを受け止めなければならない状況がやってくる………

 

 

 

人が成長するためには今までの自分の価値観と違うものに触れることが大切で、

人との出会いで変わっていくということを

ヒイロはきっかけがあり今年の4月から喜多川泰先生の本を読んで学んでいたけれど

言葉で

頭では理解しているつもり

だったけれど

ココロでは追いついていなかった

 

縁を戻したくて行動して見て

うまくいかなくて

行動の結果の良し悪しを気にせず行動し続けることを

追い求めて

それが

次の一歩に繋がる

 

そう信じて

人との出会いがあれば必ず別れがあるから

もっと人との出会いを大事にしようと

自分の想いばかりではなく

相手の想いもちゃんと受けて止めれるようになると

 

自分にとっては半年

長がったのか、短かったのかはわからないけれど

別れというきっかけがあったからこそ

ちゃんと変わりたいと思えて

行動していくと決めて

 

悲しくはあったけれど

ようやく自分の中ですとんと落ちて

受け入れることができた

 

 

本当に変わるためのきっかけをくれてありがとう

ようやくココロから言えるよ

 

 

「賢者の書」という本を読んでの学び③「自尊心と他尊心」

みなさん

ちゃお

 

引っ越しの荷ほどきや家具の移動などで両腕が筋肉痛になりながら、自分は大丈夫と言い聞かせながら部屋を片付けているヒイロです〜

 

前回に引き続き

喜多川 泰先生の「賢者の書」からの学びついて書こうと思う

 

③「自尊心と他尊心」について

 

あなたは自尊心は高い方ですか?それとも低い方ですか?

自尊心はプライドという言葉だったり、自己肯定感という言葉に置き換えれることもできるかと思います。別の言い方をすると自分のことを大切にしているとも言えるのかなと思います。

 

あなたは自分自身のことを肯定して、自分の価値を見出せていますか?

よくプライドが高い人は見栄をはるという風に言われていますが、 自分を相手より大きく見せようとする。自分に自信があるからこそ、弱い自分を相手には見せれない、見せることができないという部分からくるものなのかと思います。

例えを挙げるなら、知らないことやわからないことを聞けないとかかな?

そのことを相手に知られると、相手に弱みを見せたら付け込まれるとか、利用されるとか………世の中には残念ながら、実際にそういう風に人を利用しようとする人もいるので、尚のこと自分を大事にして聞けなくなるのかな。それだけではないような気もしますが。

 

プライドが低いとはあまり聞きませんが、自己肯定感が低い人は自分に自信がない人のことなのかなと。よく話を耳にするのが幼少期の時に親から褒められる・認められるという経験をする機会が少ないことで、潜在意識の中で定着しており、周りからできていると思われても自分の中では自己評価が低くダメと思い込んでいる場合が多いのかなと思います。

 

ヒイロはどちらかというと、客観的に見るとプライドが高いのかなと。自分ではそうは思っていなくても、小さい頃から何をするにも大抵でき、それができて当たり前だと思っている部分が多く、同じくらい相手にそのことを求めてしまう傾向が強いから。自己中心的であることを自覚しているが、それででもいいと思っている反面もある。

と自分を振り返ってみている訳である。

『誰も僕自身を演じることはできない。他者を演じることもできない』ヒイロの好きな言葉からも

自分は自分、人は人と言うように

誰も他の人が自分の代わりができないように、自分も他の人の代わりにはなれない

自分を特別な存在とは思わないが、自分は代わりのきかない存在である。

これが自尊心である。

 

ここからが本当に大事で今までの自分の中では全ての人がとは認識できていなかった部分でもある。

言われれば、当然と言うことでもあるが、

自分の中では、自分と関わりのある人くらいのしかもすごく軽い認識であった。

 

『誰も僕自身を演じることはできない。他者を演じることもできない』

これはヒイロ自身に限ったことではないということである。

自分と同じように、他の人には他の人のそれぞれの人生という名の物語を歩んでおり、自分の物語の主人公は他でもない自分自身であり、一人一人がとてもかけがいのない存在であり、誰一人としてその人の代わりをすることができないという事実である。

 

このことをしっかりと自分の中に受け止めて、受け入れるにはとても時間がかかることでないかと思う。

しっかりと自分の中に受け入れて入れば、人は誰に対しても優しくなれる。

そして、自分自身を大切するだけではなく、一人一人と向き合い相手を自分と同じくらい大切にすることができる。

そのことが「他尊心」ということなのだから。

 

実際に「他尊心」を行動で示していくことは、本当に常に相手の立場に立ち、相手ならどう思うか、どう考えるかを考え相手を尊重することに他ならなく、妥協なのではなくお互いがお互いに相手のことを考えていくこと。

そんな風になれるようにこれからも色々なことを学び、身につけていきたいと思う

 

 

次回は

学び④「目標」について書こうと思います

 

 

 

これまでの「賢者の書」学びリンク

「賢者の書」という本を読んでの学び①「行動」 - 『世界が終わるその前に』

「賢者の書」という本を読んでの学び②「可能性」 - 『世界が終わるその前に』

「賢者の書」という本を読んでの学び②「可能性」

みなさん

ちゃお

 

昨日、書斎にしようと思っている部屋の照明を買いに行きました。今の蛍光灯ではなくて全てLEDで販売しているんですね。しかもリモコンで明るさまで調整できるんですよ。ものがどんどん使いやすくなっていることに対してワクワクしているヒイロです。

 

前回に引き続き

喜多川 泰先生の本

「賢者の書」からの学びについて書こうと思う

 

可能性について

みなさんは「(自分)人間の可能性」について考えたことはありますか?

 

「人間には無限の可能性がある」

こういう風に言われた時、あなたは人間の可能性について知っていますか?

可能性とはなんでしょうか?

ちょっと辞典を引いてみると

可能性とは

・物事が実現できそうだという見込み

事柄・知識・能力などの、今は実祭にそうではないが、そうでありうる範囲・程度のことある。

 

ヒイロ

「可能性とは」:未来に対する人々の欲求なのではないかと考えます。選択できる未来だったり、未知のものを既知にしていくことだったり

 

 

ちょっと話がずれるかもですが、北海道では2018.9.6の朝方に起きた北海道の胆振東部地震が起きました。あらからもう少しで1ヶ月たちます。大規模な地震の影響で北海道ではライフラインが1日〜3日止まった状態がありました。発電所が止まり電気が使えなくなる状態になったことで、多くの人は身の回りのものが電気を使用して動いていると改めて気がついたのではないでしょうか?

便利と使用しているものに慣れきってしまった状態はすごく危ういと感じ、どうしたらいいのか考えました。仕組みを知り、自分でできるようにすることがいい方法だと思い、時間をかけて発明王エジソンの軌跡を読んでみたくなりました

 

急にいつも使用しているものがなくなると不便を感じますよね。

 

 人は不便を感じ

あったらいいな

より良くしたい

誰かの笑顔のために

という思いから、発見・発明をして新しいもの作ってきたと思うんです。

人はその連続の過程を繰り返してきて今の現在がある

 

 

もう一度聞きます

「人間には無限の可能性がある」と信じることはできますか?

人間には「心」があるから思い悩んで、考え、感じて、模索するんです!

賢者の書を読んで、改めて人間には無限の可能性があることに気づくことができました。

人間にはです!

人間というからには、今ブログを読んでくれているあなたやあなたの友達や家族、周りにいる人全てが、同じように無限の可能性を持っているということなんです!

 

他人行儀ではなく、自分自身の可能性に気づいて、信じて行動する

人にはそれぞれ得手不得手や一長一短があります

今まで経験してきたことによって自分はあれできない・これはできると言った具合に自分の中で分類しているかもしれませんが、できなかったことはその時の自分の状態ではタイミングが合わなかっただけかもしれません。

今までできなかったことが、違うタイミングの時にふとできるようになった経験はありませんか?

自分の中でストンと落ちるような経験です!

 

 

自分のことを振り返ってみて

 

自分が自分の可能性に気づき、信じてあげるところから

自分自身にも可能性があるということに気づくところからスタートです

ヒイロは気づいたから伝えたい

そんな風に他の人も気づいて欲しいから

 

 

次回は

学び③「自尊心と他尊心」について書こうと思います〜

 「賢者の書」という本を読んでの学び③「自尊心と他尊心」 - 『世界が終わるその前に』

 

これまでの「賢者の書」学びリンク

「賢者の書」という本を読んでの学び①「行動」 - 『世界が終わるその前に』

「賢者の書」という本を読んでの学び①「行動」

みなさん 

ちゃお

 

もう間もなく秋ですね。

秋といえば、食欲やスポーツの秋とも言いますが、読書の秋でもありますね。

最近職場から遠くに引っ越しをして通勤時間に読んでいた本を読み直しているヒイロです。

 

今日紹介する本は、ちょうど読み直している喜多川 泰先生の

「賢者の書」という本

賢者の書は喜多川 泰先生のデビュー作

ある少年が14歳の誕生日の日に旅に出る物語

すべての成功を手にいれることのできる最高の賢者となるため、9人の賢者に会いに行き、話を聞いて、自分の中で学びや気づきを自分の言葉でまとめていく物語

賢者の書

賢者の書

 

 

書かれている内容が本当に大切だと思うから

①「行動」

②「可能性」

③「自尊心と他尊心」

④「目標」

⑤「今」

⑥「投資」

⑦「幸福」

⑧「言葉」

⑨「感謝」「与える」「誕生」

の教えについてヒイロも自分なりにまとめてみようと思う

(今回は連載形式で書いていく予定です〜) 

 

 

「行動」について

行動することに意味について考えさせられたので、自分のルーツを少し

 

あれは大学1年の6月ぐらいだったかな?

講義の時、隣で体調を崩した友達に僕は何もすることができなかった………

隣にいたのに自分動くことすらできなかった。

後ろにいた生徒が、様子が変なことに気がつき、声をかけてそこからなんだかんだと過ぎていくのただ漠然と見ていることしかできなかった。

その時のそんな自分がすごく嫌だったから、

何をするかもわからなくてもいいから次があるとしたら、絶対に一番最初に行動をしようと自分の中で決めたのは。

その出来事があってからかな?

自分の人生は一度っきりだからと意識し始めたのは

自分の人生一度っきりだからこそ、色々なことに興味を持ち挑戦しよう。

行動しようと!

 

自分の中に一つの大きな信念が生まれた。

本当にその出来事は自分の中の価値観を変えるに足る出来事だったのだ。

 

 

人には自分の人生を歩んでいく中で選択の自由というものがある。

例え決められた中からであっても……

何を選択して、何を選択しないかというのも行動の一つであり、

行動の結果、

得られるものは成功でもなければ、失敗でもなく

自分の人生における経験という名のパズルのピースである。

自分の物語の一節である。

ヒイロの人生の使命*1(ミッション)は自分の中ではまだよくわかっていないけれど

行動することで、必ずパズルのピースは与えられるということ

集めていくことで自分の漠然としていた夢が、使命に変わっていくこと

 

行動した結果が、自分にとって嬉しいものであったり、辛いものであるとしても

その経験がどこで自分の人生において必要かを今はまだわからなくても、後になってから初めてわかることもあるということ。

失敗したと恐れずに行動していくこと。

行動するためには勇気が必要な時もある。

 

せっかくの自分の人生だから、選択を自分の意思でせず、人に任せることは避けるべき事柄である。

自分の物語の主人公は自分なのだから

日常生活の何気ないことにも僕たちは常に選択しているということ

人生は選択の連続である

 

 ヒイロは今まで行動した結果に対して、期待し一喜一憂して、自分の中で成功・失敗と決めつけ、受け入れるのも拒み、歩みを止めてしまっていたことがあったけれど、

せっかくの自分の物語なんだから、辛い時や悲しい時こそ笑えるように・歩みを止めず受け入れ・次の行動するための一歩を踏み出していくと決めた。

 

そして、改めてこうして書くことで、

ヒイロの信念の一つである「色々なことに興味を持ち挑戦する」ということに繋がるのを感じた。より多くの掛け替えのないピースを得るために必要なことなのだと。

 

 

次回は

学び②「可能性」について書いていこうと思います〜

「賢者の書」という本を読んでの学び②「可能性」 - 『世界が終わるその前に』

 

「賢者の書」学びリンク

 

*1:使命・ミッション:人生における到達するべき場所。人生で完成させる一枚の絵。漠然としたものではなく確固たるもの

『夢』と『約束』について

みなさん

ちゃお〜

 

今日は20代最後の日を迎えているので先延ばしにしていた友人へ書き直そうとしていた手紙を書いたり、引越しのため部屋を整理したり、ブログを書いたりして充実な1日を過ごす予定のヒイロです!

仕事の勤務的にはたまたまなのかお休み。でも改めて考えてみると20代最後の日にお休みだなんてラッキーですよね〜

 

 

 

話は変わりますが、

みなさんは『夢』を持っていますか?

(夢:人が寝るときにみる夢ではなく、自分の未来に対する叶えたいもの)

 

 

大人になったらテニスプレイヤーになりたいとか、医者になりたいとか、研究者になりたいとか、考古学者になりたいとか、弁護士になりたいとか

小さい頃に抱いていた夢は憧れからくるものが多かったのかなとも思います

 

それが年を重ねてだんだんと現実と向き合っていくことになると他人の評価を気にし人に言えなくなっていたり、妥協したり、否定されたり、壁の大きさを前に夢を諦めたり

している人が多いのかなと

 

夢を追い続けて達成するために

自分の日々の積み重ねが大事ということの意味を考えさせられ、ヒイロの中で何度もじわじわと胸を熱くさせた本について紹介しようと思います。ちょうど先ほど読み終えました。

 

 喜多川 泰先生の

『秘密結社Ladybirdと僕の6日間』

秘密結社Ladybirdと僕の6日間

秘密結社Ladybirdと僕の6日間

 

この本に登場する秘密結社の大人達は自分の夢を叶えた大人

 

自分の夢を叶えるために自分と向き合い続けてきている大人

 

中学生の時、地域での読書感想文の発表会の時に集まった7人が作った秘密結社

(夢を実現するために秘密結社を作って本気で夢を実現しようと行動をした1人と言い出しっぺが本気なんだと思っていた1人とその場のノリで遊びだと思っていた5人)

 

1年に一度秘密結社のメンバーで集まる機会があり、その中で夢の実現についての本気を見せられ自分はどうするのかと一人一人が自分と向き合っていく

そして秘密結社という存在は、自分自身との約束を他者との約束に変えることで夢を実現するための原動力に変わる存在となっていた。

ある夏の日にこの本の主人公の青年と秘密結社との出会いが、秘密結社にとっても節目となり新たな大切なことを伝えることになる物語

 

 

 

 

ここでまたみなさんに質問〜!

みなさんは『約束』を守ることができますか?

 

 

今生きているこの世の中では見渡してみると

本当に色々なところで『約束』というものが溢れている

 

例えば、

会社勤めの仕事だと何時まで出勤してくださいとか、休憩は1時間までとか、いついつまで必要な書類を準備していくださいとか、雇用形態自体が会社と個人との約束とも言えますよね。

また、地域で暮らしている上で燃えるゴミは火曜日と金曜日の何時までに出してくださいとか、夜21時以降は騒音になるので洗濯機や掃除はしないでくださいとか言ったことも約束に入ると思うんです

友達との集合時間を決めて待ち合わせをするのも約束ですよね

 

ほとんど多くの人はこの『他者との約束』を守って生活していますよね

 

 

でも『自分自身と約束』はどうですか?

 

 

 

 

 

ヒイロは自分自身と約束を守れていません。

大切な人に言われて自分はこれから人の話をしっかりと最後まで聴くんだとその時は思って次からはちゃんと聴くようにしようと自分の中で決めても、自分の中で忘れてしまいその後話を聞けていなかったり、喧嘩したあともう二度と相手に同じ想いをさせたくないからと思い自分の行動に気をつけようと決めても時間がたつと忘れてしまったり、腹筋を鍛えるために毎日少しでも腹筋しようと決めても長く続かなかったりと

 

本当に自分自身との約束を破ってしまうことが多々あります。そして何かにつけて自分に言い訳をしていました。自分自身が疲れていたからとか、自分が気分を害したからとか、本当に色々

 

 

夢を叶えるためには自分と向き合い、自分との約束をコツコツと積み重ねていくことで初めて実現できるのかなと

そのためにもしっかりと自分自身が将来どうなりたいか、どんな人になりたいかということを思い描き想像して、それに必要なことだったり、やりたいことを書き起こして視覚化し「今日1日は自分自身に負けない」と決め行動していくことが大切と。それが結果として、積み重なる。

 

そうは言ってもなかなか行動していくことって、言ってることはわかるけれど実際にするということは難しいと思う。言い訳でしかないのかもしれないけれどとも思うけれど。

この本には、そのことに対して面白い視点で書かれていて、そっかと腑に落ちるので紹介〜

 

 

またまたみなさんへ質問!

みなさんは『恋』をしたことがありますか?

 

恋をしたら

相手と仲良くなるためならどんな面倒なことでも、面倒だと思わなくなり、恋する相手から呼び出されたらどんな暑さ寒さ、困難をものともせず、ほんの一瞬会うためだけにでも家を飛び出していったりという経験はないですか?

『恋』は行動する、行動を起こす力になる。面倒をやりがいに変える力がある

だからこそ、自分自身の未来に恋をしようと

自分の未来に恋をすることでどんな面倒と思うようなことも変わって見え行動できる

 

 

最後に

 

今までのヒイロ

好きな人に恋をして相手と一緒にいる、傍にいるということで安心してしまい、相手を大切にすることを忘れ、怠惰を貪って自分自身の努力と成長をないがしろにしていたのかと

だからこそ、この本を読んでいてこれからの残りの人生を自分もカッコイイ大人(自分自身との約束を守る。そして行動し夢を叶える人)になりたいと思う 

 すごく自分の近況と似ているだけに内容がグサグサ刺さり、胸がジーンと何度も熱くなる本でした。